平成23年3月11日の東日本大震災において(東北関東大地震)
宮城県石巻市の門脇地区の様子(3/16〜17の2日間)

津波は、大街道を抜け蛇田まで


<石巻市の大街道の様子>

地震による3月9日の大街道の様子
大街道の様子です。瓦礫や車を端に寄せたようで、車で走行できました。しかし、上図のように津波による瓦礫や壊れた車が目立ちました。

 

<3/17朝早くの日和山の鹿嶋巫女神社から見える石巻市の湾岸の景色>

日和山から見た石巻の湾岸景色
日和山からの景色で、津波のすごさは確認できます。波打ち際は白くなり更地状態となり、建物のほとんどが崩壊。目をつむる光景です。

 

<住まいのあった門脇地区へ(南浜町)>

地震による津波災害(門脇地区)
地震による津波災害(門脇地区)2
地震による津波災害(門脇地区)3
地震による津波災害(門脇地区)4

 

<瓦礫の下からの救出>

9日ぶりの祖母と孫救出
3/20午後4時頃 9日ぶりに祖母と孫が救出されました

宮城県石巻市門脇町2の倒壊した自宅に閉じ込められていた阿部寿美さん(80)と孫の任さん(16)を石巻署員が救出。実に災害から9日ぶりでした。
これからも救出者が一人でも多く出ることを期待しております。

3/22現在で、石巻市の行方不明者 1万人以上

 

<<< 8月1日に行われた石巻市の川開き祭りにおいて、私達の地元長岡市で行われる長岡祭りで
打ち上げられる花火「フェニックス」がフィナーレを飾り打ち上げられました >>>

平成23年8月1日の石巻市川開き祭りで打ち上げられたフェニックス花火
平成23年8月1日 石巻市川開き祭りにて

 

 

震災から2年 (2013年3月)

 

2013年3月石巻 今でも多くの花束がありました。

2013年3月に「村のはずれのお地蔵さん」がつくられました。(石巻)
村のはずれのお地蔵さん(2013年3月建立)

「村のはずれのお地蔵さん」をなぜ作ったのかの説明が記されております。(100年後・200年後・1000年後まで忘れ去られることの無いように、さらには今この地に生きる人々の「心のよりどころ」のため・・・)

 

南浜町

2013.3南浜町2013.3南浜町2013.3南浜町2013.3南浜町2013.3南浜町2013.3南浜町

 

あーなんにも無くなったなー

妻の実家があった場所は、非居住地域になって、家が建てられないようです。

 

 

震災から2年8ケ月後の石巻(被災地)

2013年11月26日鹿嶋巫女神社2013年11月26日鹿嶋巫女神社から見える風景(門脇、南浜町方面)
2013年11月26日鹿嶋巫女神社からみえる風景(中瀬)2013年11月26日鹿嶋巫女神社から見える風景(日和大橋方面)

 

 

<<実家があったと思われる場所>>

2013年11月26日現在の自宅があった場所

 

<<長渕剛が紅白歌合戦で唄った小学校(門脇小学校)グラウンド>>

門脇小学校のグラウンド(長渕剛紅白演奏)

 

<<この辺りを襲った津波の高さ>>

津波の高さ6.9m(2011年3月11日)

 

<<航空写真で見る震災後の石巻市門脇地区>>

航空写真で見る震災後の石巻市

 

 

***** 近隣の女川町 *****

2013年11月26日現在の女川町2013年11月26日女川町2

コンクリート住宅(アパート)がひっくり返ってた!!

 

 

震災から4年後 2015年3月

 

JR石巻線が全線開通との記事(2015年3月22日新潟日報)

JR石巻線全線開通(2015年3月21日)